Wakamats イベント「市民が考える脳死・臓器移植」の成果・資料公開



科学技術への市民参加型手法の開発と社会実験 −イベント「市民が考える脳死・臓器移植」を中心に−

第2章 フォーカス・グループ・インタビューによるテーマ研究 「代理母・代理出産」・「脳死臓器移植」を題材として

鈴木智さと

1. はじめに

笹川平和財団の助成による「科学技術への市民参加手法の開発研究プロジェクト」(研究代表者:若松征男東京電機大学理工学部教授 以下、SPF)では、科学技術の政策制定過程において専門家と市民との対話を深める、新たな参加型手法のテーマとして「脳死臓器移植」を選択した。

当初は「代理母・代理出産」と「脳死臓器移植」という、2つの先端医療技術が候補に挙げられていた。代理母・代理出産とは、妻が妊娠できない場合に、妻以外の女性に妊娠してもらい、生まれた子どもを依頼者夫婦の子どもとして養育する技術である。現在、日本では代理母・代理出産は制度化されていないが、これを禁止する法律も存在しない。脳死臓器移植とは、脳死判定を受けた患者の組織や臓器を、他の個体の同じ部位あるいは別の部位に移し植える技術を指す。組織または臓器の提供者はドナー、これを受ける者はレシピエントと呼ばれる。1997年に制定された脳死臓器移植法(「臓器の移植に関する法律」)によって、日本において脳死臓器提供および移植は制度化されている。

本稿では、SPFの事前研究として実施したフォーカス・グループ・インタビュー(以下、FGI)の結果、および、これらの先端医療技術をめぐる社会的状況を考慮したうえで、「脳死臓器移植」を選択するに至った経緯を報告する。FGIとは、同じ属性を持つ少人数で構成されるグループを作り、特定のテーマについてグループ・インタビューを実施する手法のことである。小さいグループで他の参加者の意見を聞くことにより、参加者は自分の意見を深め、また新たに意見を形成する。したがって、グループの規範とともに、小グループにおける相互作用を通じた個人の意見形成を知ることができる。アンケート調査とは異なり、参加者の回答に即応し、新たな情報や潜在的ニーズを発見することが期待される。

SPFでは、「代理母・代理出産」および「脳死臓器移植」をテーマとしたFGIを行ない、SPFで試行する参加型手法のテーマとしての適性を判断することを試みた。また、これらの先端医療技術に対する市民の意見を抽出するとともに、グループ内の相互作用や情報提示による意見変容を分析し、各テーマに関する議論の特色を明確化することで、SPFが目指す市民と専門家の対話を深める参加型手法の設計に資するものとした。

2. フォーカス・グループ・インタビュー概要

2.1. グループおよびシナリオ構成の設計

SPFでは、「代理母・代理出産」および「脳死臓器移植」それぞれについて、同一の属性を持つ6人の参加者で構成されるグループを複数設定し、「科学技術と生活についての座談会」という名称で2004年1・2月に実施した。「代理母・代理出産」は、1)子どもを持たない30代既婚女性、2)小学生の子どもを持つ30-40代既婚女性、3)小学生の子どもを持つ30-40代既婚男性、4)子どもを持つ50-60代既婚男性・女性の属性で行なった。脳死臓器移植は、1)女子高校生、2)15歳未満の子どもを持つ30-40代既婚女性、3)15歳未満の子どもを持つ30-40代既婚男性、4) 子どもを持つ50-60代男性、5)子どもを持つ50-60代既婚男性・女性、6) 子どもを持つ45-54歳女性(DRIS:電通リサーチの高感度女性グループ)、7) 子どもを持つ50-60代男性のグループを設定した。後者の3グループは、前者4グループのFGI実施結果を受けて追加したものである。参加者および司会のリクルートは、マーケティング・リサーチを専門とする電通リサーチ社に委託した。またすべてのFGIを同一の司会者が担当した。

表1 シナリオ構成
代理母・代理出産 脳死臓器移植
質問1:事前資料を読む前の段階で代理母・代理出産を知っていたか 質問1:脳死臓器移植について知っていたか、ドナーカードを見たことがあるか、どういう意思を持っているか
提示資料1:代理母・代理出産の解説(事前資料と同じ) 提示資料1:移植医療の歴史、臓器移植法の解説、ドナーカードの解説(事前資料とはやや異なる)
質問2:事前資料を読んで意見は変わったか 質問2:事前資料を読んで意見は変わったか
質問3:代理母・代理出産への賛否とその理由は何か 提示資料2:日本における臓器不足、および、臓器移植が困難な現状を表す各種データを提示
提示資料2:代理母・代理出産の倫理的・社会的・法律的・医学的問題点の説明 質問3:臓器不足の解消のため、「提供者本人の書面による意思+遺族の同意」という臓器移植法の原則を崩すことについてどう思うか
質問4:提示資料で挙げられた問題点をどう思うか、それ以外に問題点はあるか 提示資料3:子どもの脳死臓器移植に関する、当事者の声(失敗例)
提示資料3:日本の社会的規制の現状の説明、当事者の声(成功例) 質問4:子どもの脳死臓器移植を認めてよいか質問4:子どもの脳死臓器移植を認めてよいか
質問5:日本の社会的規制についてどう思うか 質問5:脳死臓器移植の「自己決定問題」および「子どもの臓器提供」についてどう思うか
質問6:代理母・代理出産に対する賛否の再確認
【シナリオ内容】
賛否の意見表明を追究。代理母・代理出産が制度化された場合の問題点を抽出。社会的規制による容認か禁止を問うのみで、具体的な制度案は検討せず。
【シナリオ内容】
具体的な制度案を選択肢として提示。技術の問題ではなく、現法制度の問題点を追究。自己決定権の問題と、子どもの脳死臓器移植に論点を集中。

シナリオ構成は、技術に関する情報を3段階に分けて提示し、その前後で参加者の技術に対する態度について質問することを基本的な枠組みとしている。

参加者は、必ずしも「代理母・代理出産」・「脳死臓器移植」に関する十分な知識を持っていないと思われる。そのため、FGI実施当日の一週間前に、それぞれの先端医療技術の用語解説を主とした事前資料を参加者宛に郵送し、当日の議論のための基本的知識を提供した。その他、インタビュー中で、1)用語解説を主とした基本的知識、2)専門家の議論に登場する主要な論点、3)社会的規制の現状、当事者の声、という順で情報を提供した。「正確」かつ「新しい」知識を提供することで、それが意見形成に及ぼす影響を観察する。なお、本FGIは意見変容や技術の受容を促すことを意図するものではない。

2.2. 「代理母・代理出産」と「脳死臓器移植」の比較

「代理母・代理出産」の場合、いずれのグループからも、「代理母・代理出産」という技術を選択する依頼者あるいは出産女性のことを「理解できない」・「考えられない」といった言葉が発せられた。「違和感がある」という表現が目立ち、まだ社会となじみの少ない技術であることがわかる。だが、依頼した女性と血縁関係がない子どもが生まれる代理母よりも、依頼した女性と血縁関係がある子どもが生まれる代理出産の方を容認する傾向が見られる。「脳死臓器移植」も決して社会において一般化された技術ではないが、既に制度化された技術であるためか、こちらは肯定的な態度がうかがわれる。「脳死臓器移植」では「抵抗感がある」という表現が多いが、ドナーになることは社会貢献につながるよいことだという認識があり、ドナーになる人を「自信がある」「勇気がある」といった言葉で称賛する。

参加者は、技術を選択するかどうかを決断する場合、1)本人、2)家族・親族・友人といった身近な他者、3)社会一般の他者、という3つの立場を想定する。「代理母・代理出産」と「脳死臓器移植」の特色として、代理母やドナーとして技術の提供者となる場合もあれば、不妊夫婦やレシピエントとして被提供者となる場合もあるため、総合して6つの立場が想定される。「脳死臓器移植」の場合、「自分が臓器提供するのはよいが、家族が臓器提供するのは認めない」などと、技術を選択する者の立場に応じて意見は異なってくる。「代理母・代理出産」の場合、あまり立場の影響を受けることはなく、全般的に技術に対する否定的意見が目立つ。だが、子どもが本当に欲しかったり、責任をもって子どもを育てられる人には必要な技術であると賛成し、代理母・代理出産を条件つきで認める規制を作成すべきだという回答が見られた。したがって、参加者は、先端医療技術に対して何らかの社会的規制を求めると同時に、社会的規制の現状は参加者の意見に影響を与えていると言える。

制度的状況のみならず、経験上の知識も意見形成において重要な役割を果たす。例えば「代理母・代理出産」の場合、「代理母」という依頼夫婦の妻とは血縁関係のない子どもを産む技術について、「養子縁組や二号さんに生ませた子ども」や「浮気で生まれた子ども」とどう違うのか比較する場面があった。「脳死臓器移植」の場合、「病気」や「介護」、「献体解剖」や「寝たきり」、「植物人間」といった例が頻出した。参加者にとって、これらは「脳死臓器移植」と類似性を持つものであり、参加者はこのような身近な例を用いることで、当事者となる機会は少ない問題に対して、当事者性を高めて回答することを試みていると思われる。

このように、「代理母・代理出産」および「脳死臓器移植」に対しては、否定的意見と肯定的意見が混在する。先端医療技術に対する態度決定や意見形成を行なうことが難しいのは、どのような問題点が技術の実施に伴って生じるためだろうか。

「代理母・代理出産」と「脳死臓器移植」を比較すると、「代理母・代理出産」では、技術の実施に伴う直接な問題点が挙げられる傾向がある。主要な論点は、1)親子間には血縁関係が必要である、2)人間の生命の誕生に金銭を介在させることは不道徳である、3)妊娠中に母子間で育まれる絆が重要である、4)生まれてくる子どもに精神的・身体的影響を与える可能性がある、といったものである。「伝統的」・「一般的」と見なされている家族形態から逸脱した再生産手法であるがゆえに、1)と2)は重要な問題となる。3)は子どもを持つ女性の発言に多く、子どもを持たない女性や、子どもを持つ男性が言及することは少ない。子どもを持つ男性は、親子関係よりは夫婦関係の維持を重視する傾向がある。女性は母子関係や出産女性の論点が多く、子どもを持つ男性・女性は子育てや子どもへの影響の論点が多い傾向がある。すなわち、1)性別、2)妊娠・出産経験の有無、3)育児経験の有無という、属性に応じた経験上の相違が影響している可能性がある。

参加者が「脳死臓器移植」のドナーの立場となる場合、「脳死になって家族に迷惑をかけることを回避する」・「自分の身体を役立てて社会貢献できる」という長所を持つ一方で、1)脳死を人の死と認めない、2)解剖・葬儀の時に自分の身体の扱い方や世間の目が不安である、3)家族の臓器提供に同意したくないなど、より派生的な論点が挙げられる傾向がある。若年齢層よりも高年齢層の方が脳死臓器移植を容認する傾向が強い。男性は配偶者がドナー登録することに反対を示すが、自分の子どものドナー登録は容認する。一方、女性は配偶者のドナー登録に賛成するものの、「子どもは私の身体の一部」として、自分の子どもがドナー登録することに強い抵抗感を示す。代理母・代理出産では、「家族」の概念や関係のあり方が重要な論点となったが、脳死臓器移植の場合には、これに加えて家族の意思・心情が重要な要素となっている。また男性の方が女性よりも脳死臓器提供を行なうことに積極的であると同時に、制度改善を求める発言が多く見られた。したがって脳死臓器移植では1)年齢と2)性別による差異が表出している。

既に述べたように、本FGIでは3段階に分けて情報提供を行なった。情報2で専門家の議論に登場する問題点を提示した結果、情報2の提供直後の回答において、多くの参加者の論点は増えている。論点は増加するが、参加者は情報2のすべての論点を受け入れるわけではない。参加者は自らの考えの整理や、態度表明の際の補強のために、論点を取捨選択しているのではないかと思われる。また、参加者は情報2の論点をそのまま受容するのではなく、情報2の解釈の結果、派生的な論点をさらに提示している。「代理母・代理出産」を例にとれば、「生命を商品化している(代理母・代理出産の多くがビジネスとして行われている)」という情報2の論点は、参加者に受容・解釈されたうえで、「金額を安くしてほしい」・「保険がきくようにしてほしい」・「ある程度の報酬は必要である」という派生した論点を導き出している。

情報提供による態度の変容はほとんど見られない。意見形成や態度決定が困難な問題であるがゆえに、他者の意見を聞くことで個人あるいは集団の意見形成が進んだり、情報を得ることで態度変容が生じるケースが少なかったとも考えられる。しかし、情報提供は参加者の問題意識をより探り出す効果があり、専門家と市民の直接対話は実現可能であると期待ができる。参加者からは専門家の想定外の論点も提示されるが、参加者の論点は、決して個人の私的な利益のみを重視した判断ではなく、十分に社会的議論の対象となるものと言える。

3. 新しい参加型手法のテーマ選定

「代理母・代理出産」および「脳死臓器移植」は議論が困難である。なぜならば、「代理母・代理出産」は、「代理母」と「代理出産」という2つの異なる技術を扱っており、また「脳死臓器移植」は、「脳死」と「移植」という別々の問題を同時に扱っている。この事実は同時に、両者が比較困難なテーマであることを示唆する。テーマに即した参加型手法を開発するためは、期間・費用・専門家・市民パネル・スタッフなど、手法設計を制限する外的条件が存在する。SPFでは、とりわけ以下の項目に重点をおいて、新しい参加型手法のテーマとして「脳死臓器移植」を選定した。

1)コンセンサス会議との比較

SPFでは、コンセンサス会議をより発展させた新しい参加型手法の開発を目指している。コンセンサス会議は、社会的な態度決定が明確でない技術に関して、社会的な態度決定と意思表示をすることを支援する適性がある。したがって、「代理母・代理出産」のように、社会的態度が未確定な技術に対しては、コンセンサス会議の手法を用いることが適切であり、法律制定に向けた提案など具体的な成果を得ることも期待される。しかしSPFは、コンセンサス会議の手法では不足していた、専門家と市民との対話の深まりを促進することを目的としていることから、より具体的な議論が可能な「脳死臓器移植」に取り組むべきだと考える。

2)社会的タイミングと効果

日本には代理母・代理出産を禁止する法律はなく、日本産科婦人科学会が、代理母・代理出産の禁止を医師の自主規制として設けているのみである。2003年4月、厚生労働省の生殖補助医療部会は、罰則付きで代理母・代理出産の禁止を盛り込んだ最終報告書をまとめ、新しい法律制定を進めている。したがって、参加型手法のテーマとして「代理母・代理出産」を採用した場合、参加型手法の実施によって、社会的な態度決定や法律制定に対する提言が効果として期待される。

一方、「脳死臓器移植」は「脳死臓器移植法」によって制度化されている。臓器提供を希望する場合、意思表示カードで心臓、肺、腎臓などについて、生前に提供の意思表示をすることが必須であるが、家族の同意が得られなければ無効となることから、臓器提供件数は伸び悩んでいる。また民法上で遺言の有効性が認められない15歳未満の意思表示は無効とされるため、臓器提供ができない。したがって、本人の生前意思表示なしの臓器提供や15歳未満の子どもからの臓器提供を可能とすべく法改正が進められている。参加型手法のテーマとして「脳死臓器移植」を採用した場合、法改正に向けた具体的な対応や新たな視点・論点を抽出することが期待される。あるいは、従来の議論の内容と、新しい参加型手法において表出した論点との比較が可能である。また「代理母・代理出産」と比較して、社会的態度を決定することが早急に求められており、SPFが重視する「専門家と市民との対話」を具体的に試みるにふさわしいタイミングと位置づけられる。

3)「専門家と市民の対話」の実現可能性

新しい参加型手法の実現可能性も考慮に入れなければならない。例えば、どのような専門家を募集し、専門家に何を依頼するかが明確だろうか。「脳死臓器移植」の場合、これまで制度化をめぐって議論されてきた歴史があることから、専門家層は厚く、また論点も明確となっている。「生殖医療技術」の場合、生命倫理など一般問題を論じる者はいても、「代理母・代理出産」に関する専門家は日本にはほとんどいない。これは制度化されていない社会的状況とも関わりがあり、制度化されているアメリカの一部の州などでは状況が異なってくるだろう。

また、どのような市民を募集し、専門家と何について話し合うかが明確だろうか。既に指摘したように、「脳死臓器移植」と類似性を持つトピックは身近に存在することから、「脳死臓器移植」という状況を想像し当事者性を高めることは、「代理母・代理出産」よりも容易である。当事者性が高いことは必ずしも多様な意見の抽出には結びつかないが、あまりに当事者性が低いと専門家と対等に渡り合う議論が難しくなるだろう。また「代理母・代理出産」のように当事者性が低く、かつ、属性による差が大きい技術の場合、参加型手法をかなり洗練させた完成度の高いものとする必要があるため、「脳死臓器移植」の方が、さまざまな属性を有する市民パネル全員で議論を進めていく素地を持っていると思われる。

したがって「脳死臓器移植」は、「代理母・代理出産」と比較して、どのように専門家と市民に話し合ってもらい、どのように対話を深めていくことができるか、明確にイメージすることができることから、新しい参加型手法のテーマとしての適性を備えていると判断した。

4. おわりに

上記の検討を踏まえて、SPFでは「脳死臓器移植」をテーマとすること決定したが、一つの懸念は、既述のように「脳死臓器移植」は身近なトピックと連動して議論される傾向があることだ。当事者の立場に応じた具体的な状況を想像することは、課題の解釈および意見形成を容易にするものと思われる。だがそれゆえに議論内容が拡散しがちであり、課題に集中して論じるのが難しく、うまく議論を進める必要がある。

そのためには、情報提供のみならず、参加者の質問に回答することも重要と考える。グループ内の相互作用や情報提供が参加者の態度に変容をもたらすことが少なかったのは、参加者が知りたいと思う情報を与えていないせいもあるだろう。情報提示だけではなく、正確な知識を随時フィードバッグさせることで、課題に集中した議論を進める試みが必要であろう。

このように本FGIは、市民の意見形成の傾向を踏まえたうえで、SPFが専門家と市民の対話を深めるような手法を開発していくにあたって、重要な知見を提供したことを報告する。

第2章 フォーカス・グループ・インタビューによるテーマ研究 「代理母・代理出産」・「脳死臓器移植」を題材として

鈴木智さと

1. はじめに

笹川平和財団の助成による「科学技術への市民参加手法の開発研究プロジェクト」(研究代表者:若松征男東京電機大学理工学部教授 以下、SPF)では、科学技術の政策制定過程において専門家と市民との対話を深める、新たな参加型手法のテーマとして「脳死臓器移植」を選択した。

当初は「代理母・代理出産」と「脳死臓器移植」という、2つの先端医療技術が候補に挙げられていた。代理母・代理出産とは、妻が妊娠できない場合に、妻以外の女性に妊娠してもらい、生まれた子どもを依頼者夫婦の子どもとして養育する技術である。現在、日本では代理母・代理出産は制度化されていないが、これを禁止する法律も存在しない。脳死臓器移植とは、脳死判定を受けた患者の組織や臓器を、他の個体の同じ部位あるいは別の部位に移し植える技術を指す。組織または臓器の提供者はドナー、これを受ける者はレシピエントと呼ばれる。1997年に制定された脳死臓器移植法(「臓器の移植に関する法律」)によって、日本において脳死臓器提供および移植は制度化されている。

本稿では、SPFの事前研究として実施したフォーカス・グループ・インタビュー(以下、FGI)の結果、および、これらの先端医療技術をめぐる社会的状況を考慮したうえで、「脳死臓器移植」を選択するに至った経緯を報告する。FGIとは、同じ属性を持つ少人数で構成されるグループを作り、特定のテーマについてグループ・インタビューを実施する手法のことである。小さいグループで他の参加者の意見を聞くことにより、参加者は自分の意見を深め、また新たに意見を形成する。したがって、グループの規範とともに、小グループにおける相互作用を通じた個人の意見形成を知ることができる。アンケート調査とは異なり、参加者の回答に即応し、新たな情報や潜在的ニーズを発見することが期待される。

SPFでは、「代理母・代理出産」および「脳死臓器移植」をテーマとしたFGIを行ない、SPFで試行する参加型手法のテーマとしての適性を判断することを試みた。また、これらの先端医療技術に対する市民の意見を抽出するとともに、グループ内の相互作用や情報提示による意見変容を分析し、各テーマに関する議論の特色を明確化することで、SPFが目指す市民と専門家の対話を深める参加型手法の設計に資するものとした。

2. フォーカス・グループ・インタビュー概要

2.1. グループおよびシナリオ構成の設計

SPFでは、「代理母・代理出産」および「脳死臓器移植」それぞれについて、同一の属性を持つ6人の参加者で構成されるグループを複数設定し、「科学技術と生活についての座談会」という名称で2004年1・2月に実施した。「代理母・代理出産」は、1)子どもを持たない30代既婚女性、2)小学生の子どもを持つ30-40代既婚女性、3)小学生の子どもを持つ30-40代既婚男性、4)子どもを持つ50-60代既婚男性・女性の属性で行なった。脳死臓器移植は、1)女子高校生、2)15歳未満の子どもを持つ30-40代既婚女性、3)15歳未満の子どもを持つ30-40代既婚男性、4) 子どもを持つ50-60代男性、5)子どもを持つ50-60代既婚男性・女性、6) 子どもを持つ45-54歳女性(DRIS:電通リサーチの高感度女性グループ)、7) 子どもを持つ50-60代男性のグループを設定した。後者の3グループは、前者4グループのFGI実施結果を受けて追加したものである。参加者および司会のリクルートは、マーケティング・リサーチを専門とする電通リサーチ社に委託した。またすべてのFGIを同一の司会者が担当した。

表1 シナリオ構成
代理母・代理出産 脳死臓器移植
質問1:事前資料を読む前の段階で代理母・代理出産を知っていたか 質問1:脳死臓器移植について知っていたか、ドナーカードを見たことがあるか、どういう意思を持っているか
提示資料1:代理母・代理出産の解説(事前資料と同じ) 提示資料1:移植医療の歴史、臓器移植法の解説、ドナーカードの解説(事前資料とはやや異なる)
質問2:事前資料を読んで意見は変わったか 質問2:事前資料を読んで意見は変わったか
質問3:代理母・代理出産への賛否とその理由は何か 提示資料2:日本における臓器不足、および、臓器移植が困難な現状を表す各種データを提示
提示資料2:代理母・代理出産の倫理的・社会的・法律的・医学的問題点の説明 質問3:臓器不足の解消のため、「提供者本人の書面による意思+遺族の同意」という臓器移植法の原則を崩すことについてどう思うか
質問4:提示資料で挙げられた問題点をどう思うか、それ以外に問題点はあるか 提示資料3:子どもの脳死臓器移植に関する、当事者の声(失敗例)
提示資料3:日本の社会的規制の現状の説明、当事者の声(成功例) 質問4:子どもの脳死臓器移植を認めてよいか質問4:子どもの脳死臓器移植を認めてよいか
質問5:日本の社会的規制についてどう思うか 質問5:脳死臓器移植の「自己決定問題」および「子どもの臓器提供」についてどう思うか
質問6:代理母・代理出産に対する賛否の再確認
【シナリオ内容】
賛否の意見表明を追究。代理母・代理出産が制度化された場合の問題点を抽出。社会的規制による容認か禁止を問うのみで、具体的な制度案は検討せず。
【シナリオ内容】
具体的な制度案を選択肢として提示。技術の問題ではなく、現法制度の問題点を追究。自己決定権の問題と、子どもの脳死臓器移植に論点を集中。

シナリオ構成は、技術に関する情報を3段階に分けて提示し、その前後で参加者の技術に対する態度について質問することを基本的な枠組みとしている。

参加者は、必ずしも「代理母・代理出産」・「脳死臓器移植」に関する十分な知識を持っていないと思われる。そのため、FGI実施当日の一週間前に、それぞれの先端医療技術の用語解説を主とした事前資料を参加者宛に郵送し、当日の議論のための基本的知識を提供した。その他、インタビュー中で、1)用語解説を主とした基本的知識、2)専門家の議論に登場する主要な論点、3)社会的規制の現状、当事者の声、という順で情報を提供した。「正確」かつ「新しい」知識を提供することで、それが意見形成に及ぼす影響を観察する。なお、本FGIは意見変容や技術の受容を促すことを意図するものではない。

2.2. 「代理母・代理出産」と「脳死臓器移植」の比較

「代理母・代理出産」の場合、いずれのグループからも、「代理母・代理出産」という技術を選択する依頼者あるいは出産女性のことを「理解できない」・「考えられない」といった言葉が発せられた。「違和感がある」という表現が目立ち、まだ社会となじみの少ない技術であることがわかる。だが、依頼した女性と血縁関係がない子どもが生まれる代理母よりも、依頼した女性と血縁関係がある子どもが生まれる代理出産の方を容認する傾向が見られる。「脳死臓器移植」も決して社会において一般化された技術ではないが、既に制度化された技術であるためか、こちらは肯定的な態度がうかがわれる。「脳死臓器移植」では「抵抗感がある」という表現が多いが、ドナーになることは社会貢献につながるよいことだという認識があり、ドナーになる人を「自信がある」「勇気がある」といった言葉で称賛する。

参加者は、技術を選択するかどうかを決断する場合、1)本人、2)家族・親族・友人といった身近な他者、3)社会一般の他者、という3つの立場を想定する。「代理母・代理出産」と「脳死臓器移植」の特色として、代理母やドナーとして技術の提供者となる場合もあれば、不妊夫婦やレシピエントとして被提供者となる場合もあるため、総合して6つの立場が想定される。「脳死臓器移植」の場合、「自分が臓器提供するのはよいが、家族が臓器提供するのは認めない」などと、技術を選択する者の立場に応じて意見は異なってくる。「代理母・代理出産」の場合、あまり立場の影響を受けることはなく、全般的に技術に対する否定的意見が目立つ。だが、子どもが本当に欲しかったり、責任をもって子どもを育てられる人には必要な技術であると賛成し、代理母・代理出産を条件つきで認める規制を作成すべきだという回答が見られた。したがって、参加者は、先端医療技術に対して何らかの社会的規制を求めると同時に、社会的規制の現状は参加者の意見に影響を与えていると言える。

制度的状況のみならず、経験上の知識も意見形成において重要な役割を果たす。例えば「代理母・代理出産」の場合、「代理母」という依頼夫婦の妻とは血縁関係のない子どもを産む技術について、「養子縁組や二号さんに生ませた子ども」や「浮気で生まれた子ども」とどう違うのか比較する場面があった。「脳死臓器移植」の場合、「病気」や「介護」、「献体解剖」や「寝たきり」、「植物人間」といった例が頻出した。参加者にとって、これらは「脳死臓器移植」と類似性を持つものであり、参加者はこのような身近な例を用いることで、当事者となる機会は少ない問題に対して、当事者性を高めて回答することを試みていると思われる。

このように、「代理母・代理出産」および「脳死臓器移植」に対しては、否定的意見と肯定的意見が混在する。先端医療技術に対する態度決定や意見形成を行なうことが難しいのは、どのような問題点が技術の実施に伴って生じるためだろうか。

「代理母・代理出産」と「脳死臓器移植」を比較すると、「代理母・代理出産」では、技術の実施に伴う直接な問題点が挙げられる傾向がある。主要な論点は、1)親子間には血縁関係が必要である、2)人間の生命の誕生に金銭を介在させることは不道徳である、3)妊娠中に母子間で育まれる絆が重要である、4)生まれてくる子どもに精神的・身体的影響を与える可能性がある、といったものである。「伝統的」・「一般的」と見なされている家族形態から逸脱した再生産手法であるがゆえに、1)と2)は重要な問題となる。3)は子どもを持つ女性の発言に多く、子どもを持たない女性や、子どもを持つ男性が言及することは少ない。子どもを持つ男性は、親子関係よりは夫婦関係の維持を重視する傾向がある。女性は母子関係や出産女性の論点が多く、子どもを持つ男性・女性は子育てや子どもへの影響の論点が多い傾向がある。すなわち、1)性別、2)妊娠・出産経験の有無、3)育児経験の有無という、属性に応じた経験上の相違が影響している可能性がある。

参加者が「脳死臓器移植」のドナーの立場となる場合、「脳死になって家族に迷惑をかけることを回避する」・「自分の身体を役立てて社会貢献できる」という長所を持つ一方で、1)脳死を人の死と認めない、2)解剖・葬儀の時に自分の身体の扱い方や世間の目が不安である、3)家族の臓器提供に同意したくないなど、より派生的な論点が挙げられる傾向がある。若年齢層よりも高年齢層の方が脳死臓器移植を容認する傾向が強い。男性は配偶者がドナー登録することに反対を示すが、自分の子どものドナー登録は容認する。一方、女性は配偶者のドナー登録に賛成するものの、「子どもは私の身体の一部」として、自分の子どもがドナー登録することに強い抵抗感を示す。代理母・代理出産では、「家族」の概念や関係のあり方が重要な論点となったが、脳死臓器移植の場合には、これに加えて家族の意思・心情が重要な要素となっている。また男性の方が女性よりも脳死臓器提供を行なうことに積極的であると同時に、制度改善を求める発言が多く見られた。したがって脳死臓器移植では1)年齢と2)性別による差異が表出している。

既に述べたように、本FGIでは3段階に分けて情報提供を行なった。情報2で専門家の議論に登場する問題点を提示した結果、情報2の提供直後の回答において、多くの参加者の論点は増えている。論点は増加するが、参加者は情報2のすべての論点を受け入れるわけではない。参加者は自らの考えの整理や、態度表明の際の補強のために、論点を取捨選択しているのではないかと思われる。また、参加者は情報2の論点をそのまま受容するのではなく、情報2の解釈の結果、派生的な論点をさらに提示している。「代理母・代理出産」を例にとれば、「生命を商品化している(代理母・代理出産の多くがビジネスとして行われている)」という情報2の論点は、参加者に受容・解釈されたうえで、「金額を安くしてほしい」・「保険がきくようにしてほしい」・「ある程度の報酬は必要である」という派生した論点を導き出している。

情報提供による態度の変容はほとんど見られない。意見形成や態度決定が困難な問題であるがゆえに、他者の意見を聞くことで個人あるいは集団の意見形成が進んだり、情報を得ることで態度変容が生じるケースが少なかったとも考えられる。しかし、情報提供は参加者の問題意識をより探り出す効果があり、専門家と市民の直接対話は実現可能であると期待ができる。参加者からは専門家の想定外の論点も提示されるが、参加者の論点は、決して個人の私的な利益のみを重視した判断ではなく、十分に社会的議論の対象となるものと言える。

3. 新しい参加型手法のテーマ選定

「代理母・代理出産」および「脳死臓器移植」は議論が困難である。なぜならば、「代理母・代理出産」は、「代理母」と「代理出産」という2つの異なる技術を扱っており、また「脳死臓器移植」は、「脳死」と「移植」という別々の問題を同時に扱っている。この事実は同時に、両者が比較困難なテーマであることを示唆する。テーマに即した参加型手法を開発するためは、期間・費用・専門家・市民パネル・スタッフなど、手法設計を制限する外的条件が存在する。SPFでは、とりわけ以下の項目に重点をおいて、新しい参加型手法のテーマとして「脳死臓器移植」を選定した。

1)コンセンサス会議との比較

SPFでは、コンセンサス会議をより発展させた新しい参加型手法の開発を目指している。コンセンサス会議は、社会的な態度決定が明確でない技術に関して、社会的な態度決定と意思表示をすることを支援する適性がある。したがって、「代理母・代理出産」のように、社会的態度が未確定な技術に対しては、コンセンサス会議の手法を用いることが適切であり、法律制定に向けた提案など具体的な成果を得ることも期待される。しかしSPFは、コンセンサス会議の手法では不足していた、専門家と市民との対話の深まりを促進することを目的としていることから、より具体的な議論が可能な「脳死臓器移植」に取り組むべきだと考える。

2)社会的タイミングと効果

日本には代理母・代理出産を禁止する法律はなく、日本産科婦人科学会が、代理母・代理出産の禁止を医師の自主規制として設けているのみである。2003年4月、厚生労働省の生殖補助医療部会は、罰則付きで代理母・代理出産の禁止を盛り込んだ最終報告書をまとめ、新しい法律制定を進めている。したがって、参加型手法のテーマとして「代理母・代理出産」を採用した場合、参加型手法の実施によって、社会的な態度決定や法律制定に対する提言が効果として期待される。

一方、「脳死臓器移植」は「脳死臓器移植法」によって制度化されている。臓器提供を希望する場合、意思表示カードで心臓、肺、腎臓などについて、生前に提供の意思表示をすることが必須であるが、家族の同意が得られなければ無効となることから、臓器提供件数は伸び悩んでいる。また民法上で遺言の有効性が認められない15歳未満の意思表示は無効とされるため、臓器提供ができない。したがって、本人の生前意思表示なしの臓器提供や15歳未満の子どもからの臓器提供を可能とすべく法改正が進められている。参加型手法のテーマとして「脳死臓器移植」を採用した場合、法改正に向けた具体的な対応や新たな視点・論点を抽出することが期待される。あるいは、従来の議論の内容と、新しい参加型手法において表出した論点との比較が可能である。また「代理母・代理出産」と比較して、社会的態度を決定することが早急に求められており、SPFが重視する「専門家と市民との対話」を具体的に試みるにふさわしいタイミングと位置づけられる。

3)「専門家と市民の対話」の実現可能性

新しい参加型手法の実現可能性も考慮に入れなければならない。例えば、どのような専門家を募集し、専門家に何を依頼するかが明確だろうか。「脳死臓器移植」の場合、これまで制度化をめぐって議論されてきた歴史があることから、専門家層は厚く、また論点も明確となっている。「生殖医療技術」の場合、生命倫理など一般問題を論じる者はいても、「代理母・代理出産」に関する専門家は日本にはほとんどいない。これは制度化されていない社会的状況とも関わりがあり、制度化されているアメリカの一部の州などでは状況が異なってくるだろう。

また、どのような市民を募集し、専門家と何について話し合うかが明確だろうか。既に指摘したように、「脳死臓器移植」と類似性を持つトピックは身近に存在することから、「脳死臓器移植」という状況を想像し当事者性を高めることは、「代理母・代理出産」よりも容易である。当事者性が高いことは必ずしも多様な意見の抽出には結びつかないが、あまりに当事者性が低いと専門家と対等に渡り合う議論が難しくなるだろう。また「代理母・代理出産」のように当事者性が低く、かつ、属性による差が大きい技術の場合、参加型手法をかなり洗練させた完成度の高いものとする必要があるため、「脳死臓器移植」の方が、さまざまな属性を有する市民パネル全員で議論を進めていく素地を持っていると思われる。

したがって「脳死臓器移植」は、「代理母・代理出産」と比較して、どのように専門家と市民に話し合ってもらい、どのように対話を深めていくことができるか、明確にイメージすることができることから、新しい参加型手法のテーマとしての適性を備えていると判断した。

4. おわりに

上記の検討を踏まえて、SPFでは「脳死臓器移植」をテーマとすること決定したが、一つの懸念は、既述のように「脳死臓器移植」は身近なトピックと連動して議論される傾向があることだ。当事者の立場に応じた具体的な状況を想像することは、課題の解釈および意見形成を容易にするものと思われる。だがそれゆえに議論内容が拡散しがちであり、課題に集中して論じるのが難しく、うまく議論を進める必要がある。

そのためには、情報提供のみならず、参加者の質問に回答することも重要と考える。グループ内の相互作用や情報提供が参加者の態度に変容をもたらすことが少なかったのは、参加者が知りたいと思う情報を与えていないせいもあるだろう。情報提示だけではなく、正確な知識を随時フィードバッグさせることで、課題に集中した議論を進める試みが必要であろう。

このように本FGIは、市民の意見形成の傾向を踏まえたうえで、SPFが専門家と市民の対話を深めるような手法を開発していくにあたって、重要な知見を提供したことを報告する。