科学技術への市民参加型手法の開発と社会実験 −イベント「市民が考える脳死・臓器移植」を中心に−
第1章 市民参加手法に関する欧州事例調査 ベルギー、ドイツ、イギリスの経験から
山本珠美・後藤潤平・草深美奈子
はじめに
研究プロジェクトとして新たな市民参加型の手法を開発するに際し、欧州における参加型手法の経験から有益な知見を得ることを目的に、2003年度に、欧州調査を実施した。調査の対象としては、特に、比較的日本ではあまり紹介されていない、ベルギーのパブリック・フォーラムの活動や、ドイツのプラーヌンクスツェレ(計画細胞)、及びイギリスの市民陪審制度を中心とした。各調査の詳細に関しては、別途、各調査者による調査報告書に委ね、ここでは、それぞれの手法の特徴のみを報告する。尚、それぞれの特徴を明らかにするために、日本でも知られているデンマーク式のコンセンサス会議と比較しているが、コンセンサス会議については、別途文献を参考されたい *1。
1. ベルギーにおけるパブリック・フォーラムについて(山本珠美)
1.1 概要
2004年2月中旬、ベルギーにおけるパブリック・フォーラムの実施状況を中心に、ベルギー(およびオランダ)の参加型手法について調査した。ここでは2003年にベルギーで実施された2つのパブリック・フォーラムについて報告する。
コンセンサス会議は周知のように1980年代にデンマークで開発され、以来欧州を中心とした数カ国で実施されている参加型手法であるが、ベルギーでは同様の試みが近年まで存在しなかった。2003年1-3月に民間公益財団のボードゥアン王財団(KBS, http://www.kbs-frb.be/)が遺伝子テストについて、同年3-5月にフランデレン議会附属機関のviWTA(蘭語名Vlaams Instituut voor Wetenschappelijk en Technologisch Aspectenonderzoekの略、英語名Flemish Institute for Science and Technology Assessment, http://www.viwta.be/)が遺伝子組み換え食品をテーマに、コンセンサス会議をベースにしたパブリック・フォーラム(蘭語名publieksforum)を実施したのがはじめての事例である。
1.2. 2つのパブリック・フォーラムの比較
ベルギーでの実施回数は調査時点で2回と少ないため、ベルギーにおけるパブリック・フォーラムの特徴一般について述べるのは難しい。そこで本項では、2つの比較を述べるに止めたい。
まず共通点としてあげられるのは以下の通りである。
- 名称:二回の週末を主に鍵となる質問作りのための準備会合として位置づけ、第三の週末を本会議とするデンマーク発のコンセンサス会議をベースとしているが、コンセンサスに到達することを市民パネルの最終目標とはしないこととし、パブリック・フォーラムという名称を用いた。
- レファレンス・パーソン:専門家ではなく、レファレンス・パーソンという言葉を用いた。
一方、相違点/それぞれの特徴としてあげられるのは以下の通りである。
- 運営組織:KBSのパブリック・フォーラムではKBSが事務局機能を持ちつつ、6名の外部の学識経験者からなる‘内容’諮問委員会(Comite d’Avis ‘Contenu’)を設置し、同委員会が基本情報パンフレットの監修やレファレンス・パーソンのリスト作成を行った。一方、viWTAでは外部委員8名から成る運営委員会と、5名(うち3名はviWTA専従職員)から成る企画委員会の2つの委員会によって運営された。
- 参加者の選出:無作為抽出で参加登録募集のDMを発送し、登録者の中から選出を行った点は変わらないが、抽出の元となるデータとして、KBSは郵便局から購入、一方viWTAは議会附属機関の特権で住民台帳を用いることができた。また、KBSは6,000通、viWTAは2,000通のDMを発送した。参加人数はKBSが31名、viWTAが16名(最終的には15名)だった。
- 言語:KBSは全ベルギー住民を対象としたため蘭仏語の通訳が必要であったが、viWTAはフランデレン共同体住民のみであったので蘭語のみによる実施であった。
- 準備会合(第一、二の週末)の位置づけ:両者とも鍵となる質問づくりが主たる目的であるが、viWTAでは本会議で必要とされる議論のスキルを習得することも重視されており、ディベート練習やコーチ(という用語を用いている)による指導も行われた。
- 第三の週末の使い方:KBSではレファレンス・パーソンとの対話を金曜日一日におさめ、レポートをまとめる作業に二日間を費やしていた。一方、viWTAでは土日をレファレンス・パーソンとの対話にあてることによって対話時間を多く確保する反面、レポートをまとめる作業は夜間に限定されていた。前者はレポートをまとめることに、後者は対話に力点が置かれていたと言えよう。
- 提案先:KBSでは提案の対象として、政府、政策形成者、医師会、メディア、教育機関、裁判所、労働雇用省、社会一般、KBS自身等々、様々な組織・機関が含まれているが、viWTAはフランデレン議会への提案(具体的にはフランデレン議会議長Norbert de Batselier氏へ)という形をとった。
- 費用:KBSは300,000ユーロ(約2,000万円)、viWTAは150,000ユーロ(約4,000万円)と、開催日数はほぼ同じでもかかった費用には倍の違いが見られる。参加者への謝金は両者とも500ユーロだったので、この違いは会場費、同時通訳費、ファイナル・レポート作成費、等の影響と思われる。
- パブリック・フォーラム実施前後のプロセス:KBSでは評価者2名による評価レポート(全18頁、2003年9月発行)が出版されている。viWTAでは、実施前に市民参加に関するシンポジウム(2002年11月22日)を、実施後に利害関係者によるフォーラム(2003年9月15日)を開催している。
その他、実施に際しての工夫として、viWTAでは小グループでの討論にはファシリテーター(コーチ)は付かず、すべて参加者に任せること、意見カードが多数出てきて収拾がつかなくなることを避けるため、1度のラウンドでひとり4枚のポストイットを出すようにするなどの仕掛けを作っていた。(KBSではこの点については確認していない。)
なお、補足情報ではあるが、KBSとViWTA、および国連大学比較地域統合学部門(UNU-CRIS)との協働で参加型手法に関する実践家マニュアル(英語版)が作成され、2003年12月に発行されている(参考文献を参照*2)。
---------------------------------------- *1 コンセンサス会議については、既に、広く取り上げられている。参考文献として、若松征男「素人は科学技術を評価できるか」現代思想5月号, 1996, pp97-119., 小林傳司『誰が科学技術について考えるのか』名古屋大学出版会, 2004.などがある。また、日本でコンセンサス会議を実施した経験者が中心となって活動している「科学技術への市民参加を考える会」(http://ajcost.memenet.jp/)では、『コンセンサス会議実践マニュアル』を頒布している。 *2 主たる参考文献:Final report of the public panel, May 2003, 35p(英語版), Publieksforum, Zit het in mijn genen?, Burgeradvies, Eindrapport, Mei 2003, 82p(蘭語版;英語による要約付き. ※なお仏語版もある),TAMI project, Impact Group Summary, “Towards a Framework for Assessing the Impact of Technology Assessment”, 6p(英語、日付未詳), PARTICIPATORY METHODS TOOLKIT: A practitioner’s manual, December 2003, 166p(英語).
1.3 TAMIプロジェクトについて
ところで、今回のインタビュー中、TAの評価をどのように考えるかということについて話を伺っていた際、TAMI(Technology Assessment in Europe: between Method and Impact)プロジェクトについて知ることとなった。
同プロジェクトは、ヨーロッパにおけるTAの経験を共有すること、とりわけTA専門家と科学技術政策分野における意思決定者との間の対話を実現することを目的に、13ヶ国のTA関係者をメンバーとして、2002年1月から2003年12月までの2年間に渡って実施されたものである。同プロジェクトは、現時点で実施されているTA手法の比較、およびTAの与える影響を評価する基準の統一を行うため、手法グループと評価グループの2つのグループによる研究からなる。2003年11月27日にはフランデレン議会にて国際会議「政策形成におけるTAの役割を促進するために」が開催されている。
2. ドイツにおけるプラーヌンクスツェレについて(後藤潤平)
2.1. 概要
「計画細胞」を意味するプラーヌンクスツェレ(Planungszelle:PZ)は、70年代初め、ノルトライン・ヴェストファーレン州(NRW)に位置する工業都市ヴパタール大学のディーネル(P. C .Dienel)によって考案された市民参加の仕組みである。簡潔に特徴を描くと、PZと呼ばれるのに必要な要素は、(1)参加者の無作為抽出、(2)4日間の作業、(3)テーマ、課題および作業プログラムの準備、(4)専門家による情報提供、(5)市民鑑定の文書化、という5点に集約される。すなわち、16歳以上の住民からランダムに選ばれた25名の一般市民のパネルが、既に与えられた公的な課題について、既に準備された争点とスケジュールにそって、専門家の情報提供を受けながら、4日間の議論と作業を通じて結論を導くわけである。今日では普通ひとつのテーマに対して複数(4〜8程度、最大の例では24)のPZが組織され、それらの全てを通じて結論を導いており、その成果報告書を市民鑑定(Burgergutachten: BG)と称しているため、これら一連の過程を市民鑑定プロジェクト(Burgergutachten Projekt / Citizen Report Project)と称している。2003年11月末に、主にバイエルン州保健・食糧・消費者保護省による2001年の実施例について調査をおこなった。詳細は、別途作成した拙稿「プラーヌンクスツェレ−熟慮デモクラシーの実践的アプローチ」を参照されたい*3。
2.2. プラーヌンクスツェレの特徴
月 | 火 | 水 | 木 | |
---|---|---|---|---|
8:00-9:00 | AE01 イントロダクション 消費者政策 予防策 |
AE05/06 食物の原料と加工について |
AE09 技術的生産物の安全性 (携帯電話など) |
AE13 消費者の責任 |
コーヒーブレイク | ||||
10:00-11:30 | AE02 環境と健康 |
AE10 特別な消費者集団の保護の必要性について |
AE14消費者サービスと情報 | |
ランチブレイク | ||||
12:30-14:00 | AE03 保険分野の消費者保護 (薬剤など) |
AE07 食物検査と衛生問題 |
AE11 広告 (効果、防止策) |
AE15生活における消費の分類 |
コーヒーブレイク | AE16 結果のようやくと熟考:コンセプトとプライオリティのリスト作成 |
|||
14:30-16-00 | AE04 栄養と農業 |
AE08 生産物の安全性 (服飾生地など) |
AE12 政治家への意見聴取 |
|
終了 | 16:00 | 17:00 | 16:30 | 17:00 |
普通ひとつのPZにおける1日の作業は8時間で、90分からなる4つの活動単位と休憩時間で構成されている*4。したがって連続した4日間で16コマの活動単位が存在する。もっとも、全体として3日間や5日間で行われることも可能だが、経験からは4日間が適当であるとされている。90分の各活動単位には、あらかじめ細分化したテーマと質問が与えられており、25名の参加者(市民鑑定人)は各活動単位において、3つの段階を経て、与えられた質問に対する回答を勘案する。3つの段階とは、(1)争点の説明とそれについて専門家が情報を提供する第一段階、(2)5名ずつ5つの小グループに分かれて課題について議論する第二段階、(3)それぞれの小グループの回答結果を発表して全員で結果を統合していく第三段階である。結果を統合する第三段階では、たとえば各参加者が持つ5ポイントずつのシールを、全体会合で提出された結果に対して貼付する投票が行われるというのが一般的である。普通4日目の最終活動単位で、大テーマが議論されるようプログラムが組まれているため、各活動単位の回答はいわば大テーマの議論のための中間的回答といえるが、当然ながら各活動単位の結果も全て記録されている。
最終的には各PZから提出された結果を統合しながら、全体の意見が要約・集計されて報告書が作成される。この報告書の目的は、全体のプロセスを透明かつ理解可能とすることであり、したがって本来の課題と任務、市民鑑定人の選出、PZおよび投票のプロセスなど全体的な手続きの詳細、さらに各活動単位の結果など全て記述される。報告書は、運営組織が草案を作成した上で、各PZの全ての市民鑑定人あるいは代表者の確認とその反映を経た後、市民鑑定書として委託者と参加者全員に頒布される。2001年のバイエルンの事例では、PZは政策形成のための重要な世論参照ポイントとして位置づけられ、その後の政策対応が一年後委託者によって公表された。こうしたPZの仕組みとしての特徴を、特にデンマーク型コンセンサス会議と比較すると、次の点があげられる。
- (1) サンプルの特性
PZは普通複数開催である。また、無作為抽出をおこなう。そのためサンプルとなる参加者は大規模であり、かつ既存の社会調査と同様、母集団であるコミュニティの代表性を確保する。同時に、未組織かつ潜在的な人々の意見を抽出する機会となる。 - (2) 熟慮過程の特性
参加者に対して議論するべき明確な課題と質問が十分に準備されているため、ファシリテーターは重視されない。元々議論を明確なアジェンダに構造化する点について、委託者の介入が危惧されるが、中立な運営組織が準備段階に多様な専門家や利害関係者を巻き込み、また透明性を確保することによって回避される。また、報告書の草案作成は事務局が行うが、参加者が確認する機会もある。 - (3) 社会条件の特性
PZは平日4日間に連続して行われる。また、参加者は本来の仕事で取得するはずの対価を運営組織から受け取ることができる。この開催期間と対価支払いの仕組みは、選ばれた参加者が公的な問題について責任を持って討議することに必要な措置である。もっとも背景として、余暇や仕事に対する社会条件の特性は指摘せざるを得ない。
----------------------------------------- *3 後藤潤平(2004)、「プラーヌンクスツェレ−熟慮デモクラシーの実践的アプローチ」、早稲田政治公法研究第76号、pp.231-269 *4 Sturm und Weilmeier GbR (2002), Citizens report on Consumer Protection in Bavaria: An Extract
3. イギリスにおける市民陪審制度について(草深美奈子)
3.1. 概要
2004年の2月末から3月にかけて、市民陪審制度を中心に、イギリスで多様な市民参加に関わる活動について調査した。ここでは、頁の都合から、市民陪審制度についてのみ報告するが、他の活動に関しては、別途作成した、調査報告書を参照されたい。
市民陪審は、米国のNPOであるジェファーソン・センターが開発し、1974年から数々のテーマで実施されてきた。また、前述のとおり、ドイツでは、1973年に、プラーヌンクスツェレと呼ばれる、市民陪審と類似した手法が実施されている。イギリスの市民陪審は、これら二つの活動を参考にして、公共政策研究所(IPPR)により1996年に保健医療政策に関して導入された。以来、200以上の事例があり、イギリスでは最も用いられている市民参加の手法である。
実施の方法にはバリエーションがあり、地方自治体、特に保健医療政策の分野で広く実施されている。科学技術に関するものでは、遺伝子組み換え食品や遺伝子診断に関する市民陪審の事例がある。また、ニューカッスル大学のトム・ウェークフォード教授を中心とする研究者らは、市民が自ら主体となって実施するDIY(Do It Yourself)方式の市民陪審を提唱し、既にいくつかの試みを支援している。ウェークフォードらは、実際に実施された事例をもとに、実施マニュアルとビデオを制作し、一般に配付している。
3.2. イギリスにおける市民陪審の特徴
市民陪審は、コンセンサス会議と同様に、テーマに関する多面的な情報提供を受けた市民が、議論を通じてテーマについて検討し、意見を表出する場である。主催者側からみると、質問票調査のような定量調査とは異なり、定性的に、一般市民の考えを把握する場でもある。実施するタイミングとしては、問題に関する社会的な議論が、二極化してしまう前の段階で、実施する方が有効であるとされている。
2003年に食品基準庁が実施した遺伝子組み換え(GM)食品に関する市民陪審を事例に、市民陪審の主な構成要素を挙げると、以下のようになる。
- 政策決定機関が主催する。
- 運営を監督する目的で、利害関係者から構成される運営委員会を設置する。
- 事務局と運営員会で、明確な結論を導き出しやすい(Yes/Noで答えられる)問いを設定する。問いは、主催者が市民陪審の出す回答に対して、対応可能なように配慮される。
例)「GM食品はイギリスで購入可能であるべきか」 - 事務局と運営委員会が予め市民陪審が検討すべきアジェンダを設定する。
例)(1)GM食品の安全性、(2)GM食品と消費者、(3)GM食品と社会、(4)GM食品と選択肢 - 市民陪審の選出には、無作為抽出の3000人に対し、テーマを伏せて依頼状を出し、承諾者(10%)の中から、階層別無作為抽出により16名ほどの陪審員を選出する。この際、特定の利害を有する者は排除する。
- 市民陪審が拘束されるのは、金曜日の夜2時間と、土、日、月曜日の3日間であり、デンマーク式の典型的なコンセンサス会議(「鍵となる質問」の作成までに2回の週末を使う)と比較すると、およそ半分である。
- 解説者による講義や、ロールプレイ・エクササイズを組み込み、短時間でテーマに関する理解を深めるように配慮されている。
- 証言者は、事務局と運営委員会が選出するが、市民陪審員が必要と判断する証言者を追加で招くことが可能。アジェンダ毎に2-4名、多様な見解を代表するように配慮する。
- 証言者の発表は5分程度にとどめ、質疑応答に主な時間をかける。
- 最終日に、市民陪審員の代表者が、結論と勧告を主催者に報告する。
- 最終的な判決文は事務局が作成し、市民陪審員からの承認を得る。
- 主催者は、市民陪審による結論・勧告に対し、どのように検討したか報告することが求められる。
これらの構成要素から、特に、デンマーク式のコンセンサス会議と比較して、イギリスの市民陪審制度の主な特徴として2点指摘したい。第一に、市民陪審に費やす時間は短く、そのため、効率よく議論を実施できるよう、様々な工夫が施されている。例えば、コンセンサス会議では、「鍵となる質問」の作成が市民パネルに委ねられるのに対し、イギリスの市民陪審では、予め大まかなアジェンダを事務局と運営委員会で設定している。また、コンセンサス会議では、市民パネルが最終提案の文章化までを担う。しかし、市民陪審による議論は、最終日に、市民陪審員の代表者から主催者に報告されるが、判決文の文章化は、事務局が担当している。
第二に、政策決定プロセスとの位置づけが明確である。デンマーク技術評価局が実施したコンセンサス会議は、世論形成への影響は意識されているが、必ずしも直接的に、政策決定プロセスと関連してはいない。イギリスにおける市民陪審は、政策決定機関が主催する場合が多く、主催者は、市民陪審の結論に対し、検討した結果を報告することが求められる。また、コンセンサス会議では、議論の成果として、必ずしもYes/Noによる回答を求めないが、市民陪審では、議論の成果が参照情報として用いられやすいよう、予め「問い」の設定の段階で配慮されている。さらに、参照意見としての妥当性への配慮から、ドイツのプラーヌンクスツェレが、代表制にこだわり、無作為抽出による市民パネルの選出を徹底する(利害関係者が含まれても排除しない)のに対し、市民陪審は、陪審制度として、代表制よりも、中立性を優先し、市民陪審の選出プロセスでは利害関係者を排除している。
4. まとめ
海外調査を実施した活動の中から、ベルギーのパブリック・フォーラム、ドイツのプラーヌクスツエレ、イギリスの市民陪審制度の特徴について概観した。いずれも、無作為抽出で選ばれた一般市民が、科学技術について理解を深め、専門家と対話し、意見表出を行う活動であり、政策決定プロセスにおける参照意見を得るための取り組みである。しかし、それぞれ独自の特徴を有する。
ドイツのプラーヌンクスツェレやイギリスの市民陪審では、運営者側で主なアジェンダを整理するのに対し、ベルギーのパブリック・フォーラムは、デンマーク式のコンセンサス会議と同様、市民パネルによってアジェンダを設定することに重きを置く。また、成果として、前者では、市民鑑定人、或いは市民陪審による、或る程度明確な判断を求めるのに対し、後者では、市民パネルによる最終的なレポートがまとめられるが、必ずしも明確な結論を求めていない。いずれも、一般市民の多様な見解を把握するための手法として有効であるが、アジェンダ設定を市民に委ねる分、後者は、時間もかかるが、専門家とは異なる市民ならではの論点を発掘する目的には適している。一方、政策決定者へのメッセージとしては、或る程度の明確な意見が表出される分、前者の方が、強い影響力を持ち得る。実際に、プラーヌンクスツェレにおいても、市民陪審においても、政策決定機関は、何らかの回答を求められる。特に、プラーヌンクスツェレは、通常、複数を同時開催し、400名もの市民鑑定人が参加する大規模な取り組みであり、政策決定機関が結果を無視することはできないだろう。
これらの欧州事例から、研究プロジェクトで試行する社会実験の手法開発のために、学ぶべきことは何か。第一に、今回の実験は、政策決定プロセスに明確な関連性を持たないが、社会的に議論されている問題を取り扱うことにより、社会への介入であることは、同一である。この意味で、透明性の確保については、各事例を参考に学ぶ必要がある。具体的には、専門家、参加者の選出方法や、情報提供のあり方に関する検討が必要である。調査した事例では、いずれも、利害関係者を交えて運営に関し議論する場を設けている。また、情報提供の中立性に配慮しながらも、参加者が限られた時間内で、テーマについての理解を深め、効率よく議論するために、様々な工夫が施されていることも、参考にしたい。
第二に、成果として何を求めるか、明確な整理が必要である。ベルギーの事例のように、市民によるアジェンダ設定に重きを置くのか、ドイツやイギリスの事例のように、或る程度明確なメッセージを出すことを求めるのか。研究プロジェクトとして、一般市民と専門家との「議論を深める」ことを目標として掲げているが、議論を深めた成果として、何を求めるのか。取り上げるテーマの社会的な状況も踏まえての検討が必要である。
最後に、成果の問題とも関係するが、プロジェクトとして、日本独自の新しい手法の開発を目指すのであれば、既存の活動と、どのように異なる効果を求めるのかを整理の上、手法設計に活かしていく必要がある。時間的制約もあり、手法設計の段階では、メンバー全体で充分な検討の時を持つことは難しかった。イベントを既に開催し終えた後ではあるが、参加者の評価も含めて、再検討の場を持つことが求められる。