Wakamats イベント「市民が考える脳死・臓器移植」の成果・資料公開



「脳死・臓器移植」を考えた市民パネルの活動記録 −専門家との対話から市民の提案へ−

「鍵となる質問」の一部に対する答え。

千葉県救急医療センター
脳神経外科 小林繁樹

1. 考え方・枠組み

「脳死」というのは医学的な一つの状態を意味しているにすぎず、脳神経外科医にとって「脳死」は昔から日常的に遭遇してきた事象であり、通常は「臓器移植」とは切り離して扱われます。我々の施設で過去に行われた脳死判定は約400例ですが、このほとんどは回復の可否の判断を目的に行われており、このうち約60%の患者さんでご家族の希望によりそれ以後の治療は中止されています。質問を拝見すると、「脳死」に対する理解が不十分な方もいらっしゃるように思いますが、その段階で臓器移植と関係づけて議論するのは問題であると考えます。

臓器移植は現段階の医療では必要な治療法であると思います。そして、臓器提供は「脳死」がどのような状況であるかを正しく理解した個人が(現時点では社会的問題を包含したままであることも含めて)自らが「脳死」になった場合に臓器の提供を希望することを意志表示した場合にのみ(ドナーカード)成立すべきであると思います。

2. 脳死

(1) 脳死は人の死か?

「死」は社会的、宗教的、文化的等の様々な局面をもって成立している概念ですが、「脳死」は単に「脳の不可逆的障害によって確実に死にいたる局面」を意味しているに過ぎないと個人的には考えています。したがって、「脳死」と「死」を同意とするには無理があると思います。しかし一方で、「脳死」からの臓器摘出は前述の条件が満たされている限り、少なくとも科学的には問題ないと思いますし、私自身も「脳死」と判定された後は自分の臓器を提供してもよいと考えています。

(2) 脳死判定について

現在行われている脳死判定は、基本的に「全脳機能の不可逆的停止」を証明しているのであって、「全脳の壊死、あるいは器質的死」を証明しているわけではありませんし、脳血流の途絶の証明など一般の施設で行いにくい検査を回避しているとの批判はあります。しかし、経験的には現在の判定基準を遵守するかぎり、脳死診断を誤ることはないとの印象をもっています。前述のように、われわれの施設ではかなり多数の脳死判定が行われてきましたが、そのほとんどは臓器移植を目的としたものではなく、救命の可否を判断することが目的でした。ご家族の希望により脳死判定後にも救命治療を続行したケースも多数ありますが、そのなかで心臓死に至らなかったケースはありません。

3. 医療

重篤な脳障害に対する医学は精力的に研究されていますが、残念ながら脳死にいたるほど重篤な障害についてはあまり有効な治療法は確立されていません。この問題ではよく低体温治療が取り上げられていますが、誤解も多く、脳死にいたるほどの障害のほとんどは低体温治療では救えません。

また、一方で救急医療の現場で、移植医療を優先するような考え方もありえません。救急医にとって最も大切なのは目の前で苦しんでいる患者さんです。本音をいえば、救急医にとって救命治療に専念することは本意ですが、極めて煩雑な「脳死判定」や「臓器提供」に関わることはむしろ気が重いのです。しかし、移植医療でしか助からない患者さん達がおられる事も現実であり、この事実に対する配慮から救急医は臓器移植に協力するわけです。この議論はスタッフ間では頻回に行われています。